R.U.S.E.研究室

カミカゼアタック

 日本軍のチャレンジシナリオ「名誉の為に」では、航空機によるカミカゼアタックが発動する。

神風特別攻撃隊

 カミカゼアタックの元ネタは、もちろん日本軍の神風特別攻撃隊(しんぷうとくべつこうげきたい)である。略して「神風(かみかぜ)」「特攻」は、アメリカでも「kamikaze」、「tokko」として知られる。

 戦局が悪化した日本軍は、爆弾を搭載した戦闘機でそのまま敵に体当たりする作戦をとるようになった。アメリカの護衛空母を撃沈するなど戦果を上げたため、特攻は拡大していき、終戦まで続けられた。

 通常の攻撃よりも特攻の命中率は高く、アメリカ軍にも多くの犠牲者が出た。航空機の特攻による日本軍の戦死者は3,000人を超え、さらに本土決戦では10,000機による組織的な特攻が検討されていたという。

 パイロットの判断による体当たり攻撃は他国にも存在するが、組織的に大規模に行われた例は他に見られない。

特攻機が突入したセント・ロー

 特攻機が突入した空母セント・ロー

日本の一億玉砕態勢

 特攻の戦果は日本国内で大々的に報道された。特攻隊員は死ぬ前から「生き神」として扱われた。特攻隊員はあくまで志願制ということになっていたが、出撃したら帰還が許されていなかったというので、甚だ疑問である。

 日本は沖縄を失うと本土決戦に備え、男性15歳から60歳、女性17歳から40歳の市民を動員する「国民義勇戦闘隊」を構想し、一億玉砕体制を敷いた。

 ちなみに当時の日本の人口は1億人よりも少なく、内訳は日本列島7,000万人、朝鮮2,500万人、台湾500万人となっている。

ドイツの総力戦

 戦局の悪化に伴い追い込まれていったのはドイツも同様で、スターリングラードの戦いに敗北すると、宣伝大臣ゲッベルスは国民に総力戦を呼びかけた。

 「すべての人は、この戦争に敗北したならば、我々すべてが絶滅させられることを知っている。国民は指導部と共に、今や徹底を極めた自助努力をなすべきであると決意している。総力戦争は全国民の義務といえるのである」

 戦争末期には本土防衛のため16歳から60歳の市民を動員し「国民突撃隊」を編成した。国民突撃隊は武器も弾薬も、制服も不足していた。国民突撃隊には死守命令が乱発され、多くの犠牲者を出したという。